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〒730-0036 広島県広島市中区袋町6-36(BOX45)
【平和記念公園】原爆により焦土化した中島地区は、戦後、原爆で無くなった人々の霊を慰め、人類の恒久平和を祈念する場として、平和記念公園にうまれかわりました。
【平和記念公園】被爆後70年は草木も生えないと言われておりました地も、今では、亡くなった人たちの霊を慰め、平和を祈念する場として世界中から訪れる人々が絶えません。
【原爆死没者慰霊碑】石室の中には死没者名簿が入っています。名簿には原爆でなくなった方やその後被爆者としてなくなった方のうち、名前が判明している方について記入されています。
【原爆死没者名簿】毎年8月6日にあらたにお亡くなりになった被爆者が書き加えられます。氏名不詳者多数が1冊ありますが、大変悲しいことです。
【供養塔】供養塔の塚の下には納骨堂があり、様々な場所で火葬された、およそ7万柱の遺骨が納められています。
【探しております】塚の下には納骨堂があり、今でも氏名がわかっていても引き取り手のない遺骨、およそ800柱が含まれています。
【動員学徒慰霊塔】戦争の終わり頃、12、13歳の男女の生徒学生は建物疎開作業などに、14歳から17歳の生徒学生は軍需工場に動員されていました。
【動員学徒悼歌】動員学徒悼歌(とうか)「ほのおはてては」が記されています。親兄弟仲間が戦地戦火で倒れていく行く国家総動員の中、切ない心情の歌。
【原爆の子の像】湯川秀 樹博士の筆による「千羽鶴」、「地に空に平和」の文字が彫られた銅鐸を模した鐘が つられています。
【碑文】「これはぼくらの叫びです これは私たちの祈りです 世界に平和をきずくための」
【原爆ドーム】大正時代に広島県物産品の販売促進を図る拠点として造られた陳列館は、戦争が激しくなる前まで産業奨励館と称し、市民の社交場として賑わっておりました。。
【灯篭流し】多くの人々が水を求めて命を落とした元安川をはじめとする川に灯籠を流すことで、被爆者の霊を慰め、平和への願いを新たにするとあります。
【原爆犠牲教師と子供】原爆の劫 火の中で、教師を頼りながら死んでいった児童、生徒と、彼らを気遣いながら死ん でいった教師の無念さを表現しています。
【碑文】「太き骨は先生ならむ そのそばに 小さきあたまの骨 あつまれり」(正田篠枝)