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「観光アシスタントひろしま」は広島を心から愛する人たちが自主的に運営しているボランティア団体です。

電話でのお問い合わせはTEL.090-1688-4932

〒730-0036 広島県広島市中区袋町6-36(BOX45)

戦争と平和そして非核を学ぶ【世界平和を考える】

 



平和を学び、考え、語り合います


広島平和記念公園へ訪れることの意義は何があるのでしょうか。世界は有史以来、何度も戦争を繰り返し、歴史振り返り都度反省してきました。文化・科学は近年急速に発展しましたが、人類は「戦争」という「凶器」を今もって手放すことができません。それどころか、「原子爆弾」という「人類滅亡」の最終兵器ともいえる「原子爆弾」をも生み出し、ここ「広島」と「長崎」で使用され、今もって多くの「被爆者」を苦しめています。人類が人類を救う地球平和への道は、特定の人ではなく、世界中に住むすべての人々が思いを一つにして「ひろしまの心」を共有することだと思われます。広島と長崎は不幸にして、未曽有の多く犠牲者を生み出したところです。年中をとおして、内外から、様々な人たちが、広島平和記念公園で、原爆の被害の実態や平和へのメッセージを学び、考え、語り合います。



ノー・モア・ヒロシマ
ノー・モア・ナガサキ

ノー・モア・ヒバクシャ



ひろしまの心」を学ぶ

碑文:
安らかに眠ってください。過ちは繰り返しませぬから

これは、すべての人々が世界平和の実現を誓う言葉として書かれました。碑文については、文章の解釈にさまざまな議論がありましたが、趣旨を正確に伝えるため、説明板を設置し、「碑文はすべての人びとが原爆犠牲者の冥福を祈り戦争という過ちを再び繰り返さないことを誓言葉である。過去の悲しみに耐え憎しみを乗り越えて全人類の共存と繁栄を願い真の世界平和の実現を記念する
ヒロシマの心がここに刻まれている」と記されております。


【原爆死没者慰霊碑この慰霊碑には、今も日本を訪れた世界の著名人が訪れ、花輪捧げ、犠牲者への追悼と永久平和への祈りを新たにします。


【ヒロシマの心】被爆者の「こんな思いを他の誰にもさせてはならない」という全人類にとっての普遍的なメッセージを原点にした核兵器の廃絶と世界恒久平和の実現を強く願う広島市民の切実な思いです。




広島平和記念資料館

広島平和記念資料館は東館と本館に分かれております。本館では、被爆者の遺品や被爆の惨状を示す写真や資料を収集・展示し、8月6日、広島で何が起こったのかの実相を伝えます。東館では、広島の被爆前後の歩みや原爆が人体に与えた影響、被爆資料のほか、焦土化した都市、核兵器の危険性、が展示され、核時代の状況などについて紹介しています。

【資料館本館】1945年8月6日、あの日広島に何が起こったのかを伝えます。被爆者や遺族の苦しみに向き合う場に、「被爆の実相」を後世に伝えております。


【地球平和監視時計/東館】核実験にこう議するためにつくられました。広島に原子爆弾が落とされてからの日数と、地球上で最後に核実験が行われた日からの日数をしめしています。




被爆体験伝承講話【東館地下1階】



広島平和記念資料館では、被爆者の方々、またはその体験を受け継いだ方々による「被爆体験伝承講話」を聴くことができます。これは、戦争の悲惨さや平和への願いを伝える貴重な機会となっています。

【被爆体験伝承講話】被爆体験伝承講話は、被爆者から直接体験や平和への思いを受け継いだ「被爆体験伝承者」が行う講話です。


【被爆体験伝承講話】写真や絵、図表などを使って、分かりやすく説明してくれます。質疑応答を含めて約60分間です。




広島平和記念公園の碑めぐり

平和記念公園には数多くの慰霊碑があり、原爆被害の実態と平和へのメッセージを伝えています。多くの学校が慰霊碑の前で合唱や折鶴の献呈式などのセレモニーを行っています。清掃ボランティアを通じて、犠牲者に思いを馳せ、平和を考える機会も提供されています。

【原爆の子の像】原爆で死んでいったすべての子供たちのために建てられました。この像が建立されるきっかけとなった佐々木貞子さんがモデルです。被爆して10年後、急性白血病になり、発病から約8ヶ月後、病気の回復を願いながら静かに息をひきとりました


【原爆の子の像】原爆の子の像とここに捧げられている折り鶴は、今では平和のシンボルとなっています。ここに碑文は、「これはぼくらの叫びです これは私たちの祈りです世界に平和をきずくための」と書かれています。


【平和の鐘】広島の悲願に立って、全ての核兵器と戦争のない、まことの平和共存の世界を達成するという、ヒロシマの悲願のシンボルとして建てられました。


【平和の鐘】平和の鐘の表面には、国境のない世界地図を浮き彫りにされています。これは「世界一つ」という願いを象徴しています。


【平和の灯】東京オリンピックの1964年8月1日に点火され以来ずっと燃え続けており、地球上から核兵器がなくなるまで燃やしつづけられ、「核兵器が地球上から姿を消すまで燃やし続けよう」という反核悲願の象徴となっています。


【平和の灯】広島ら世界各国にこの火が運ばれて、平和の誓いが伝えられています。1984年のロサンゼルスオリンピックには平和の火が運ばれました。


【峠三吉碑】詩人峠三吉は28歳のときに被爆し、36歳でこの世を去りました。GHQ(連合国軍総司令部)の弾圧に屈せず、原爆反対・平和擁護の作品を数多く発表し、平和運動に深くかかわりました。


【峠三吉碑】ちちかえせ ははをかえせ としよりをかえせ こどもをかえせ わたしをかえせ わたしにつながる にんげんをかえせ にんげんの にんげんのよのあるかぎり くずれぬへいわを へいわをかえせ


【学徒動員】大人の男たちが次々と戦場にかり出されて、工場や農場などで働く人が足りなくなりました。そのため、1944年から中学生以上の生徒たちが、そのような場所で、働かされるようになりました。このことを「学徒動員」といいます。


【学徒】一番左のリリーフは田畑で働く男子生徒です。その隣は、ミシンで縫い物をしている女子生徒です。そして右端は軍需工場で働いている男子生徒です。


【あおぎり】爆心地から1.3kmの広島逓信局で被爆しました。枯れ木同然だったこの木は翌年の春に芽吹き、心身ともに傷ついた多くの被爆者に生きる勇気を与えました。


【あおぎり】♪ 電車にゆられ 平和公園 やっと会えたね アオギリさん小学校の校庭の木のお母さん たくさん たくさん たね生んで 家ぞくがふえたんだね よかったね 遠いむかしのきずあとを 直してくれるアオギリの風 遠いあの日のかなしいできごと ~ ♪










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